世話になった施設や看護師に全財産を遺贈する方法
人生の終わりに向けて、長期間お世話になった介護施設や献身的に看護してくれた医療従事者に感謝の気持ちを込めて財産を遺贈したいと考える方がいらっしゃいます。遺贈(特定の人や団体に財産を譲ること)は、適切な遺言書を作成することで法的に可能です。しかし、法定相続人の権利や税金面など、考慮すべき点も多くあります。この記事では、施設や看護師に財産を遺贈するための方法と注意点について詳しく解説します。
遺贈とは
遺贈とは、遺言によって特定の人や団体に財産を与えることです。法定相続人以外の人(例:施設や看護師)に財産を残したい場合は、遺言書による遺贈が唯一の方法となります。遺言書がなければ、財産は法定相続人(配偶者、子、親など)に法定相続分に従って分配されます。
遺言書の種類と選び方
遺言書にはいくつかの種類がありますが、主に自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つが一般的です。それぞれの特徴を理解し、自分に合った方法を選ぶことが重要です。
1. 自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者が自ら全文を手書きし、日付を記入して署名・押印する方法です。
メリット:
- 費用がほとんどかからない
- いつでも自分のペースで作成できる
- 内容を他人に知られずに作成できる
デメリット:
- 法的要件を満たさないと無効になるリスクがある
- 紛失や改ざんのリスクがある
- 家庭裁判所での検認手続きが必要(法務局保管制度を利用する場合を除く)
自筆証書遺言の法務局保管制度
2020年7月10日から始まった「法務局における自筆証書遺言書保管制度」を利用すると、自筆証書遺言を法務局で保管してもらえます。これにより、紛失・改ざんのリスクが減り、家庭裁判所での検認手続きも不要になります。申請手数料は3,900円です。
2. 公正証書遺言
公正証書遺言は、公証役場で公証人に作成してもらう方法です。証人2名の立会いが必要です。
メリット:
- 法的に最も確実で安全な方法
- 公証人がチェックするため方式不備による無効のリスクが少ない
- 原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんのリスクがない
- 家庭裁判所での検認手続きが不要
デメリット:
- 公証人手数料がかかる(財産額により異なる)
- 証人2名を用意する必要がある
- 公証役場に出向く必要がある(出張も可能だが追加費用がかかる)
施設や看護師への遺贈のように、法定相続人以外に財産を残す場合は、法的に確実な公正証書遺言がおすすめです。
3. 秘密証書遺言
秘密証書遺言は、遺言の内容を秘密にしたまま公証人に証明してもらう方法です。
メリット:
- 内容を秘密にできる
- 自筆でなくてもよい(パソコンで作成可能)
デメリット:
- 作成手続きが複雑
- 家庭裁判所での検認手続きが必要
- あまり一般的ではない
遺言書の内容を明確にする
遺言書には、以下の内容を明確に記載することが重要です:
1. 基本情報
- 遺言者の氏名、住所、生年月日
- 遺言作成日
2. 受遺者(遺贈を受ける人・団体)の特定
- 施設の場合:正式名称、所在地、代表者名、法人番号など
- 個人(看護師など)の場合:氏名、住所、生年月日など
3. 遺贈する財産の特定
- 全財産の場合:「私の全財産を○○に遺贈する」と明記
- 特定の財産の場合:不動産は登記簿上の表示、預金は金融機関名・支店名・口座種類・口座番号など、具体的に特定
4. 遺言執行者の指定
- 遺言執行者の氏名、住所、連絡先
遺言書の記載例
遺言書
私、○○○○(氏名)は、以下のとおり遺言します。
1. 私が所有する全財産を、私の介護でお世話になった○○介護施設(所在地:○○○○、代表者:○○○○)に遺贈します。
2. 遺言執行者として、司法書士○○○○(住所:○○○○、電話:○○○○)を指定します。
令和○年○月○日
住所:○○○○
氏名:○○○○ 印
遺留分に配慮する
日本の相続法では、一定の法定相続人(配偶者、子、直系尊属)には「遺留分」と呼ばれる最低限の相続分が保障されています。全財産を施設や看護師に遺贈する場合、この遺留分を侵害する可能性があります。
遺留分の割合
- 直系尊属のみが相続人の場合:財産の1/3
- それ以外の法定相続人(配偶者・子)の場合:財産の1/2
例えば、配偶者と子がいる場合、財産の1/2は遺留分として保障されているため、全財産を第三者に遺贈することはできません。遺留分を侵害する遺言がなされた場合、法定相続人は「遺留分侵害額請求」をすることができます。
遺留分対策
- 生前に一部の財産を贈与する(ただし相続時精算課税制度を利用した場合や死亡前の一定期間内の贈与は相続財産に含まれる可能性あり)
- 法定相続人と事前に話し合い、遺留分放棄の協議をする(家庭裁判所の許可が必要)
- 遺留分を考慮した遺贈割合を設定する
- 信託や生命保険を活用する
注意点
- 遺留分侵害額請求権は相続開始を知った時から1年間、相続開始から10年間行使できる
- 遺留分は放棄できるが、相続開始前の放棄には家庭裁判所の許可が必要
- 遺留分の計算は複雑なため、専門家に相談することをお勧めする
税金面の考慮
施設や看護師に財産を遺贈する場合、税金面も重要な考慮点です。
相続税と贈与税
法定相続人以外の個人(看護師など)が遺贈を受ける場合、相続税の2割加算があり、また基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)も適用されません。つまり、法定相続人に財産を残す場合に比べて、税負担が重くなる可能性があります。
公益法人等への遺贈
一方、公益法人(社会福祉法人、医療法人、学校法人、公益財団法人など)への遺贈は、一定の条件を満たせば非課税になる場合があります。介護施設が公益法人であれば、税負担が軽減される可能性があります。
医療法人・介護施設の法人格による税金の違い
- 社会福祉法人:公益法人等に該当し、相続税・贈与税の優遇措置あり
- 公益財団法人・公益社団法人:公益目的事業に使われる財産は非課税
- 医療法人:一般の医療法人は原則として優遇なし、ただし「持分なし医療法人」や「特定医療法人」には一定の優遇あり
- 株式会社・有限会社:優遇措置なし、通常の法人として課税
専門家への相談
施設や看護師への遺贈を検討する場合、以下の専門家に相談することをお勧めします:
相談すべき専門家
- 弁護士・司法書士:遺言書の作成、法的助言
- 税理士:税金面のアドバイス
- 公証人:公正証書遺言の作成
専門家に相談することで、以下のようなメリットがあります:
- 法的に有効な遺言書の作成が可能
- 遺留分に関するトラブルを回避するための助言
- 税金面で最適な方法の提案
- 受遺者が確実に遺贈を受けられるような対策
遺言執行者を指定する
遺言の内容を実行するために、信頼できる遺言執行者を指定します。遺言執行者は、遺言の内容に従って財産を分配する責任を持ちます。遺言執行者を指定することで、遺言の実行がスムーズに行われます。
遺言執行者の役割
- 遺言の内容を実現するための法的手続きを行う
- 遺産の管理・保全
- 遺贈の履行(施設や看護師への財産の引き渡し)
- 相続人との調整
遺言執行者の選び方
- 法律の知識がある人(弁護士、司法書士など)
- 公平な立場で遺言を執行できる人
- 信頼できる人物
- 可能であれば、法定相続人と利害関係のない第三者
特に施設や看護師への遺贈の場合、法定相続人との間で争いが生じる可能性があるため、中立的な立場の専門家を遺言執行者に指定することが望ましいでしょう。
遺言書の保管
作成した遺言書は適切に保管し、必要な時に確実に見つかるようにすることが重要です。
保管方法
- 公正証書遺言:原本は公証役場で保管されます
- 自筆証書遺言:法務局保管制度を利用するか、安全な場所に保管します
- 秘密証書遺言:公証役場で保管されます
自筆証書遺言を自宅で保管する場合は、遺言執行者や信頼できる人に保管場所を伝えておくと良いでしょう。また、銀行の貸金庫を利用する方法もあります。
施設や看護師への遺贈に関するよくある質問
Q: 看護師への遺贈は倫理的に問題ないのでしょうか?
A: 医療・介護従事者への遺贈については、一部の医療機関や介護施設では倫理規定で禁止されていることもあります。また、患者と医療従事者の関係性から、不当な影響力の行使ではないかという疑義が生じる可能性もあります。そのため、事前に施設の方針を確認し、透明性を持って進めることが重要です。
Q: 法定相続人がいない場合は全財産を自由に遺贈できますか?
A: 法定相続人(配偶者、子、親、兄弟姉妹など)が全くいない場合は、遺留分の制約なく全財産を自由に遺贈することができます。この場合、特別縁故者への財産分与の制度はありますが、遺言があればその内容が優先されます。
Q: 施設や看護師が遺贈を受けることを拒否することはありますか?
A: はい、受遺者は遺贈を拒否する権利があります。特に医療機関や介護施設では、利益相反や倫理的な観点から、遺贈の受け取りを辞退する場合もあります。事前に意向を確認しておくことが望ましいでしょう。
Q: 生前に寄付という形で財産を渡すことはできますか?
A: はい、生前贈与や寄付という形で財産を渡すことも可能です。この場合、贈与税の課税対象となりますが、公益法人への寄付は税制優遇が受けられる場合があります。また、生前に財産を渡すことで、自分の意思が確実に実現されることを確認できるというメリットもあります。
まとめ
世話になった施設や看護師に全財産を遺贈するためには、法的に有効な遺言書の作成が不可欠です。特に注意すべき点は以下の通りです:
- 適切な遺言書の種類を選ぶ - 法的安全性を考慮すると公正証書遺言がおすすめ
- 遺言書の内容を明確にする - 受遺者や財産を明確に特定する
- 遺留分に配慮する - 法定相続人がいる場合は遺留分を考慮した遺贈内容にする
- 税金面を検討する - 受遺者の法的地位によって税負担が異なる
- 専門家に相談する - 法的・税務的なアドバイスを受ける
- 遺言執行者を指定する - 遺言の内容を確実に実行するために重要
- 遺言書を適切に保管する - 必要な時に確実に見つかるようにする
遺言書を通じて、感謝の気持ちを形にし、希望通りの遺産分配を実現することができます。ただし、法定相続人の権利や税金面など考慮すべき点も多いため、専門家のサポートを受けながら慎重に進めることをお勧めします。
■■□―――――――――――――――――――□■■
司法書士・行政書士和田正俊事務所
【住所】 〒520-2134 滋賀県大津市瀬田5丁目33番4号
【電話番号】 077-574-7772
【営業時間】 9:00~17:00
【定休日】 日・土・祝
■■□―――――――――――――――――――□■■
相続・財産管理に関連する記事
「忙しいから後で」 を卒業!スキマ時間に相続登記の不安をLINEで一掃
2025年11月11日
LINEで無料相談!滋賀県大津市の司法書士・行政書士が相続・登記・遺言のお悩み解決
2025年11月14日
遺産相続で揉めないために!「自筆」と「押印」の法的効力と署名偽造リスク回避策
2025年10月27日




