成年後見制度を利用中でもできる遺言書作成のコツ
成年後見制度を利用している方にとって、遺言書の作成は難しい課題と思われがちです。しかし、判断能力が不十分な状況でも、適切な手続きを踏むことで法的に有効な遺言書を作成できる可能性があります。本記事では、成年後見制度を利用中の方が遺言書を作成する際のコツと注意点について、法律の専門家の視点から詳しく解説します。
成年後見制度と遺言能力の関係
成年後見制度は、判断能力が不十分な方を法的に支援する制度です。この制度には、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があり、判断能力の程度に応じて適用されます。
類型 | 対象者 | 遺言書作成の可能性 |
---|---|---|
後見 | 判断能力が常に欠けている状態 | 特別な要件を満たせば可能 |
保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 遺言能力があれば可能 |
補助 | 判断能力が不十分 | 遺言能力があれば可能 |
重要なのは、成年後見制度を利用していることと遺言能力があるかどうかは別問題だということです。成年後見制度利用中であっても、遺言書作成に必要な判断能力(遺言能力)を有していると判断されれば、遺言書を作成することができます。
民法の規定
民法第963条では、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」は遺言することができないとされていますが、「事理を弁識する能力が一時回復した時」に遺言することは認められています。
これは成年被後見人であっても、判断能力が回復した時(ルシッドインターバル)には遺言ができる可能性があることを示しています。
成年後見制度の類型別 遺言書作成の可能性
1. 成年被後見人(後見)の場合
成年被後見人は、原則として「常に事理を弁識する能力を欠く状態」と判断されていますが、一時的に判断能力が回復した時には遺言書を作成することができます。ただし、この場合は特別な手続きが必要です。
成年被後見人が遺言書を作成する際の特別要件(民法973条):
- 医師2名以上の立会いが必要
- 医師は遺言者が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態にないことを確認
- 医師は遺言書に「遺言者が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態にない」旨を付記し、署名・押印する
これらの要件を満たさない場合、遺言書は無効となる可能性が高いため注意が必要です。
2. 被保佐人(保佐)の場合
被保佐人は「判断能力が著しく不十分」とされていますが、遺言書の作成に関しては特別な制限はありません。ただし、遺言能力があるかどうかが後日争われる可能性を考慮し、以下の対策をとることをお勧めします:
- 医師の診断書を取得する(遺言能力があることを証明するため)
- 公正証書遺言を利用する(公証人が遺言能力を確認)
- 遺言書作成時の状況を記録する(証人や映像記録など)
3. 被補助人(補助)の場合
被補助人は「判断能力が不十分」とされていますが、遺言書の作成に関しては被保佐人と同様に特別な制限はありません。ただし、同様に遺言能力があることを証明するための対策をとることが望ましいでしょう。
成年後見制度利用中に遺言書を作成するためのコツ
1. 医師による遺言能力の確認と証明
成年後見制度利用中に遺言書を作成する場合、医師による遺言能力の確認と証明が非常に重要です。
具体的な手順:
- 遺言能力の評価に精通した医師(精神科医など)に相談する
- 遺言能力についての診断を受ける
- 診断書を作成してもらう(遺言能力があることを明記)
- 成年被後見人の場合は、2名以上の医師に立会人を依頼する
診断書に記載してもらいたい内容:
- 診察日時
- 認知機能の状態(具体的な検査結果も含む)
- 遺言の内容を理解し、自分の意思で判断する能力があるかどうか
- 遺言能力について医師の見解
実務上のポイント
医師への依頼時には、遺言書作成のために診断が必要である旨を明確に伝えましょう。また、成年被後見人の場合、2名の医師のスケジュールを合わせる必要があるため、十分な余裕をもって調整することが重要です。
2. 公正証書遺言の活用
成年後見制度利用中の方が遺言書を作成する場合、公正証書遺言が最も適しています。公正証書遺言には以下のようなメリットがあります:
- 公証人による遺言能力の確認 - 公証人が遺言者の意思能力を確認します
- 法的な安全性が高い - 方式不備による無効のリスクが低減されます
- 証人が立ち会う - 2名の証人が立ち会うため、遺言の信頼性が高まります
- 公証役場で原本が保管される - 紛失や改ざんのリスクがありません
公正証書遺言作成の手順:
- 公証役場に事前相談(成年後見制度利用中であることを伝える)
- 必要書類の準備(診断書、後見開始審判書、戸籍謄本など)
- 公証人との打ち合わせ(遺言内容の確認)
- 証人2名の手配(成年後見人は証人になれないことに注意)
- 公正証書遺言の作成
3. 遺言執行者の指定
成年後見制度利用中の方が遺言書を作成する場合、遺言執行者を指定することが特に重要です。遺言執行者は遺言の内容を実現する役割を担います。
遺言執行者を指定する理由:
- 成年後見人と利益相反が生じる可能性がある場合に備える
- 遺言の内容を確実に実現するため
- 相続人間のトラブルを防止するため
遺言執行者に適した人物:
- 信頼できる親族(ただし、相続人間で争いがある場合は避ける)
- 弁護士や司法書士などの法律専門家
- 信託銀行などの金融機関
4. 遺言内容の工夫
成年後見制度利用中の方の遺言書は、内容が明確で具体的であることが重要です。以下のポイントに注意して作成しましょう:
- 簡潔明瞭な表現を使う - 複雑な条件や曖昧な表現は避ける
- 財産の特定を正確に行う - 不動産の場合は登記簿上の表示、預金は金融機関名と口座番号を明記
- 相続人・受遺者の特定を明確にする - 氏名、続柄、生年月日などを記載
- 遺言の理由や背景を記載する - 遺言者の真意を示すために有効
遺言の有効性を高めるために
遺言の内容が遺留分を侵害するなど、著しく不合理である場合、遺言能力が疑われる原因になることがあります。相続人間の公平性に配慮した内容にすることも、遺言の有効性を高める一つの方法です。
遺言書作成時の注意点
1. 成年後見人との関係
遺言書の作成は本人の権利であり、成年後見人の同意や許可は法律上必要ありません。しかし、実務上は以下のような点に注意が必要です:
- 成年後見人への通知 - 遺言書作成の意向を成年後見人に伝えておくことが望ましい
- 成年後見人は証人になれない - 特に成年後見人が相続人や受遺者である場合
- 成年後見人との利益相反 - 成年後見人が相続人である場合は特に注意が必要
2. 遺言能力の証拠保全
成年後見制度利用中の方の遺言書は、後日遺言能力について争われる可能性が高いため、証拠保全が非常に重要です:
- 遺言作成過程の記録 - 可能であれば遺言書作成の様子をビデオ録画する
- 医師の診断書 - 遺言書作成前後の診断結果を保存する
- 証人の証言記録 - 遺言者の状態についての証人の証言を記録する
- 面談記録 - 公証人や専門家との面談内容を記録する
3. 特別な法的手続きの遵守
成年被後見人の場合、民法973条に規定される特別な手続きを厳格に守る必要があります:
- 医師2名以上の立会いは省略できない
- 医師の付記・署名・押印は遺言書の必須要件
- 医師の診断が「事理弁識能力あり」と明確に示されていることが必要
これらの要件を一つでも欠くと、遺言書全体が無効となる可能性があります。
成年後見制度利用中の遺言作成に関するよくある質問
Q: 成年後見人は本人の遺言書作成を禁止できますか?
A: いいえ、成年後見人は本人の遺言書作成を禁止する権限はありません。遺言書の作成は本人固有の権利であり、成年後見人の同意や許可は必要ありません。ただし、本人に遺言能力がなければ、有効な遺言書は作成できません。
Q: 保佐・補助類型の場合も医師2名の立会いが必要ですか?
A: いいえ、医師2名の立会いが必要なのは成年被後見人(後見類型)のみです。保佐・補助類型の場合は特別な手続きは不要ですが、遺言能力の証明のために医師の診断書を取得しておくことをお勧めします。
Q: 成年後見制度利用中でも自筆証書遺言は作成できますか?
A: はい、遺言能力があれば自筆証書遺言も作成可能です。ただし、成年被後見人の場合は医師2名の立会いなど特別な要件が必要です。また、後日の紛争リスクを考えると、公正証書遺言の方が安全です。
Q: 遺言書で成年後見人を解任することはできますか?
A: いいえ、遺言書で成年後見人を解任することはできません。成年後見人の変更は家庭裁判所への申立てが必要です。ただし、遺言書で「遺言執行者」を指定することで、相続に関しては遺言執行者が中心的な役割を担うことになります。
まとめ
成年後見制度を利用中でも、適切な手続きを踏むことで有効な遺言書を作成することは可能です。特に以下のポイントを押さえることが重要です:
- 遺言能力の証明を重視する - 医師の診断書取得など、遺言能力があることの証拠を残す
- 公正証書遺言を活用する - 最も安全確実な遺言形式を選ぶ
- 成年被後見人の場合は特別要件を遵守する - 医師2名以上の立会いと付記が必須
- 遺言執行者を指定する - 遺言内容を確実に実現するための人物を選定する
- 専門家のサポートを受ける - 弁護士や司法書士など、専門家の助言を得る
成年後見制度は本人を保護するための制度ですが、同時に本人の意思も最大限尊重されるべきです。判断能力が十分でない状況でも、自分の財産についての最終的な意思表示ができるよう、適切な支援を受けながら遺言書作成を検討してみてはいかがでしょうか。
当事務所では、成年後見制度利用中の方の遺言書作成もサポートしております。医師との連携や公証役場への同行など、トータルでのサポートも可能ですので、お気軽にご相談ください。
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