認知症時代の財産管理:夫婦でできる法律対策
高齢化社会が進む中、認知症は多くの夫婦にとって現実的な問題となっています。内閣府の統計によれば、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症を患うと予測されており、夫婦のどちらかが認知症になる可能性は決して低くありません。認知症になると判断能力が低下し、財産管理が困難になるため、事前に適切な対策を講じることが重要です。この記事では、夫婦で準備できる法律対策について詳しく解説します。
認知症発症で直面する財産管理の問題
認知症が進行すると、以下のような財産管理上の問題が生じることがあります:
- 銀行取引の制限 - 認知症と判断されると、本人名義の預金口座からの引き出しができなくなることがあります
- 不動産の売却困難 - 自宅などの不動産を売却したり、リフォームローンを組んだりすることができなくなります
- 契約行為の制限 - 介護サービスの契約や保険の手続きなどができなくなります
- 詐欺被害のリスク - 判断力の低下により、詐欺や悪質商法の被害に遭うリスクが高まります
特に夫婦間では「配偶者だから何とかなる」と思いがちですが、法律上は夫婦であっても他人の財産を勝手に処分することはできません。例えば、夫が認知症になり、自宅が夫名義であれば、妻は単独で売却することができません。
実際のケース
Aさん(72歳)の夫(75歳)が認知症を発症しました。介護のために自宅のバリアフリー化が必要でしたが、自宅は夫名義のため、リフォームローンを組むことができませんでした。また、夫名義の預金口座からお金を引き出すこともできず、介護費用の支払いに苦労しました。事前に対策を講じていれば、このような問題は避けられたかもしれません。
民事信託(家族信託)の活用
民事信託(家族信託)は、認知症などで判断能力が低下する前に、自身の財産管理を信頼できる家族に委ねる制度です。認知症発症後も柔軟な財産管理が可能となる点が大きな特徴です。
民事信託の仕組み
民事信託の基本的な仕組みは以下の通りです:
- 委託者(財産を預ける人)が、受託者(財産を管理する人)に財産の管理を委託します
- 受託者は、受益者(財産から利益を受ける人)のために、信託契約に基づいて財産を管理します
- 例えば、夫(委託者)が妻(受託者)に自宅不動産の管理を信託すれば、夫が認知症になっても妻は不動産を管理・処分できます
民事信託のメリット
- 認知症になっても柔軟な財産管理ができる
- 家庭裁判所の関与なく手続きができる
- 財産管理の方針を細かく決められる
- 相続対策としても活用できる
- 受託者を複数指定することも可能
民事信託の注意点
- 設定費用がかかる(30〜100万円程度)
- 不動産の場合は登記費用が別途必要
- 受託者に第三者チェック機能がない
- 委託者の判断能力があるうちに設定する必要がある
- 専門的な知識が必要で理解が難しい
民事信託の具体的な活用例
不動産管理型信託:夫名義の自宅を妻に信託し、夫が認知症になっても、妻が夫に代わって不動産の管理・処分(売却、担保設定など)ができるようにします。これにより、バリアフリーリフォームのためのローンも組むことができます。
預金管理型信託:夫名義の預金を妻に信託し、夫が認知症になっても、妻が夫の生活費や医療費、介護費用のために預金を引き出せるようにします。
成年後見制度の利用
成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下した場合に、本人の財産管理を支援するための法定の制度です。家庭裁判所が選任した後見人が、本人の財産を保護し、適切に管理します。
成年後見制度の種類
成年後見制度には、判断能力の程度に応じて以下の3つの類型があります:
類型 | 対象者 | 支援内容 |
---|---|---|
後見 | 判断能力が常に欠けている状態 | 財産に関するすべての法律行為を代理 |
保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 重要な財産行為に同意権・取消権あり |
補助 | 判断能力が不十分 | 特定の法律行為について同意権・取消権あり |
成年後見制度のポイント
成年後見制度のメリット
- 法的に安全な財産管理が可能
- 第三者からの不当な契約から本人を守れる
- 家庭裁判所の監督により不正防止の仕組みがある
- 専門職後見人の場合、専門的知識による適切な管理が期待できる
成年後見制度の注意点
- 申立てから開始までに時間がかかる(通常2〜3ヶ月)
- 後見人報酬が発生する(月額2万円程度が目安)
- 本人の死亡で終了するため、相続手続きには使えない
- 家庭裁判所の監督下に置かれるため、財産処分に制限がある
成年後見制度を利用する場合、後見人には配偶者や親族がなることもできますが、必ずしも家族が選ばれるとは限りません。家庭裁判所が本人にとって最適な後見人を選任します。
申立ての流れ
- 申立書類の準備(診断書、戸籍謄本、財産目録など)
- 家庭裁判所への申立て
- 家庭裁判所による調査(本人面談、申立人面談など)
- 後見人等の選任
- 後見開始の審判
任意後見制度の活用
任意後見制度は、本人がまだ判断能力を十分に持っている段階で、将来の認知症に備えて自分で後見人を選んでおく制度です。これにより、本人の意向に沿った財産管理が可能となります。
任意後見制度の特徴
任意後見制度の主な特徴は以下の通りです:
- 判断能力があるうちに、公正証書で任意後見契約を結びます
- 将来、判断能力が低下したときに、家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、契約が発効します
- 後見人と委任事項を自分で選べるため、本人の意思を尊重した財産管理が可能です
- 夫婦間では、互いを任意後見人に指定し合うケースが多く見られます
任意後見制度のメリット
- 自分で信頼できる人を後見人に選べる
- 後見人の権限範囲を自分で決められる
- 将来に備えて早めに準備できる
- 発効前の見守り契約も併用できる
任意後見制度の注意点
- 公正証書の作成費用が必要(約5万円前後)
- 任意後見監督人への報酬が必要(月1〜2万円程度)
- 発効には家庭裁判所の審判が必要
- 夫婦間で指定し合う場合、同時に認知症になるリスクがある
夫婦間での任意後見契約の注意点
夫婦間で互いを任意後見人に指定し合う場合は、以下の点に注意しましょう:
- 高齢の夫婦の場合、同時に認知症になるリスクがあります
- 代替の任意後見人(子どもや専門職)も指定しておくと安心です
- 配偶者が先に亡くなった場合の対応も考えておく必要があります
各制度の比較と選び方
民事信託(家族信託) | 任意後見制度 | 成年後見制度 | |
---|---|---|---|
開始時期 | 契約時から即時 | 判断能力低下後 | 審判後 |
費用 | 30〜100万円程度 | 公正証書作成費用約5万円+監督人報酬 | 申立費用2〜5万円+後見人報酬 |
自由度 | 高い | 比較的高い | 低い |
監督機能 | 弱い | 監督人による監督 | 家庭裁判所による監督 |
相続対応 | 対応可能 | 死亡で終了 | 死亡で終了 |
どの制度を選ぶべきか
どの制度が最適かは、夫婦の状況や財産状況によって異なります。以下のポイントを参考に選びましょう:
- 民事信託(家族信託):複雑な財産管理が必要な場合、不動産の売却や運用を柔軟に行いたい場合に適しています。費用はかかりますが、自由度が高いのが特徴です。
- 任意後見制度:自分で後見人を選びたい場合、比較的シンプルな財産管理で十分な場合に適しています。費用も民事信託より抑えられます。
- 成年後見制度:すでに認知症が進行している場合や、第三者による厳格な監督が必要な場合に適しています。家族間の対立がある場合も、中立的な第三者が後見人になることで解決できることがあります。
多くの場合、これらの制度を併用することが効果的です。例えば、不動産は民事信託で管理し、日常的な金銭管理は任意後見制度を利用するなど、状況に応じた組み合わせを検討しましょう。
夫婦でできる日常的な対策
情報の共有と整理
認知症に備えるための第一歩は、夫婦間での情報共有です。以下の情報を整理し、定期的に更新しましょう:
- 財産の全体像(不動産、預貯金、保険、有価証券など)
- 口座情報(銀行名、支店名、口座番号、暗証番号)
- 不動産の権利証や登記事項証明書
- 保険証券や年金手帳
- ローンや借入金の情報
金融機関での対策
- 夫婦の共同名義口座:日常生活費用は共同名義口座で管理すると便利です。どちらかが認知症になっても、もう一方が引き続き口座を利用できます。
- 代理人カードの設定:本人名義の口座に対する代理人カードを発行しておくと、認知症発症後も引き出しができます。
- 自動引き落とし:公共料金や保険料などは自動引き落としにしておくと安心です。
専門家への相談
認知症に備えた財産管理対策は、専門的な知識を要する分野です。以下のような専門家に相談することで、適切なアドバイスを受けることができます:
- 司法書士:成年後見制度の申立て、任意後見契約の作成、家族信託の設計
- 行政書士:遺言書の作成、任意後見契約書の作成
- 弁護士:複雑な財産管理や相続問題、法的紛争の解決
- 税理士:相続税対策、財産管理の税務相談
まとめ
認知症時代の財産管理は、夫婦にとって重要な課題です。以下のポイントを押さえ、早めの対策を講じましょう:
- 早期対応が重要:認知症の兆候が見られる前から、早めに対策を講じましょう
- 複数の対策を組み合わせる:民事信託、任意後見制度、成年後見制度などを状況に応じて活用しましょう
- 情報共有を徹底する:財産情報を夫婦間で共有し、定期的に更新しましょう
- 専門家に相談する:司法書士、行政書士、弁護士などの専門家のアドバイスを受けましょう
認知症は誰にでも起こりうる可能性がある病気です。「もしも」の時に慌てないよう、元気なうちから準備を進めておくことが、ご自身とご家族を守ることにつながります。当事務所では、認知症に関連する財産管理のご相談を承っておりますので、お気軽にご相談ください。
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