認知症時代の夫婦財産管理:法律と対策を徹底解説
高齢化社会において、認知症はますます身近な問題となっています。厚生労働省の推計によれば、2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症を患うとされており、夫婦のどちらかが認知症になる可能性は決して低くありません。認知症になると本人が財産を適切に管理することが難しくなるため、夫婦間での財産管理対策は今や全ての夫婦にとって必要な準備と言えるでしょう。
本記事では、認知症に備えた夫婦の財産管理について、法的な制度から具体的な対策まで、司法書士の視点から徹底解説します。
認知症が夫婦の財産管理にもたらす問題
認知症が進行すると、日常生活の様々な場面で財産管理の問題が生じます。特に夫婦間では以下のような状況に直面することがあります:
- 預貯金の引き出しができなくなる - 配偶者名義の口座からお金を引き出せなくなり、生活費の確保が困難に
- 不動産の売却や担保設定ができない - 自宅のリフォームや住み替えのための売却ができなくなる
- 各種契約の締結・解約ができない - 介護サービスの契約や携帯電話の解約など日常的な契約行為に支障
- 相続手続きができない - 配偶者以外の家族が亡くなった場合の相続手続きができなくなる
例えば、夫が認知症になり、自宅が夫名義であった場合、妻は勝手に売却することができません。また、夫名義の預金口座からお金を引き出すこともできなくなります。こうした事態に備えるためには、法的な枠組みを理解し、事前に対策を講じることが重要です。
認知症に備える法律的な枠組み
1. 成年後見制度
成年後見制度は、認知症などで判断能力が不十分になった方を法律的に支援・保護するための制度です。家庭裁判所によって選任された後見人等が、本人に代わって財産管理や契約の締結を行います。
成年後見制度には、判断能力の程度に応じて3つの類型があります:
類型 | 対象者 | 支援内容 |
---|---|---|
後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態 | 財産に関するすべての法律行為を代理 |
保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 重要な財産行為に同意権・取消権あり |
補助 | 判断能力が不十分 | 特定の法律行為について同意権・取消権あり |
成年後見制度を利用する場合、後見人には配偶者がなることも可能ですが、必ずしも配偶者が選任されるとは限りません。裁判所は本人の福祉を最優先に考え、最適な後見人を選任します。
成年後見制度のメリット:
- 法的に安全な財産管理が可能
- 第三者の不当な契約から本人を守れる
- 家庭裁判所の監督により不正防止の仕組みがある
デメリット:
- 申立てから開始までに時間がかかる(通常2〜3ヶ月)
- 後見人報酬が発生する(月額2万円程度が目安)
- 本人の死亡で終了するため、相続手続きには使えない
2. 任意後見制度
任意後見制度は、判断能力があるうちに、将来の認知症に備えて自分で後見人を選んでおく制度です。公正証書で契約を結び、将来、判断能力が低下したときに家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力が発生します。
夫婦間の任意後見契約では、互いに任意後見人に指定し合うケースが多く見られます。ただし、同時に認知症になる可能性も考慮して、第三者(例えば子や専門職)を代替の任意後見人として指定しておくことも検討すべきです。
任意後見制度のメリット:
- 自分で後見人を選べる
- 後見人の権限範囲を自分で決められる
- 将来に備えて早めに準備できる
デメリット:
- 公正証書の作成費用が必要(約5万円前後)
- 任意後見監督人への報酬が必要(月1〜2万円程度)
- 発効には家庭裁判所の審判が必要
3. 家族信託(民事信託)
家族信託は、近年注目されている財産管理の方法です。本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せる仕組みで、認知症になる前に信託契約を結んでおくことで、認知症発症後も受託者が委託者の財産を管理し続けることができます。
例えば、夫が妻に自宅不動産の管理を信託しておけば、夫が認知症になっても妻は夫に代わって不動産を管理・処分することができます。これにより、成年後見制度を利用しなくても、柔軟な財産管理が可能になります。
家族信託のメリット:
- 認知症になっても柔軟な財産管理ができる
- 家庭裁判所の関与なく手続きができる
- 相続対策としても活用できる
- 財産管理の方針を細かく決められる
デメリット:
- 設定費用がかかる(30〜100万円程度)
- 不動産の場合は登記費用が別途必要
- 専門的な知識が必要で理解が難しい
認知症に備える具体的な対策
1. 夫婦での情報共有と話し合い
認知症対策の第一歩は、夫婦間での情報共有と話し合いです。特に以下の点について確認しておきましょう:
- 財産の全体像を共有する - 不動産、預貯金、保険、有価証券などの資産状況
- 口座情報を共有する - 銀行口座の名義、支店名、口座番号、暗証番号
- 重要書類の保管場所を確認 - 権利証、保険証券、年金手帳などの保管場所
- 日常的な支払い方法を確認 - 公共料金の支払い方法、クレジットカードの管理方法
認知症になってからでは情報共有が難しくなるため、元気なうちから定期的に確認し合うことが重要です。
2. 共同名義口座の活用
日常生活費の管理には、夫婦の共同名義口座を作っておくと便利です。どちらかが認知症になっても、もう一方が引き続き口座を利用できます。ただし、共同名義口座にはいくつかの注意点があります:
- 口座の全額が一方の債務の差押対象になる可能性がある
- 一方が亡くなった場合、口座が凍結されることがある
- 銀行によっては共同名義口座の開設に対応していない場合もある
共同名義口座は便利ですが、全財産を集中させるのではなく、日常的に使う分だけを入れておくことをお勧めします。
3. 代理人カードの設定
多くの金融機関では、本人の口座に対する代理人カードを発行することができます。代理人カードがあれば、本人が認知症になっても、代理人は本人の口座からお金を引き出すことができます。ただし、代理権の範囲は限定的で、解約や名義変更などはできないことが一般的です。
代理人カードの設定は、本人が判断能力を有している段階で行う必要があります。認知症の診断を受けた後では設定できないケースが多いため、早めの対応が重要です。
4. 円満な相続のための遺言書作成
認知症になる前に遺言書を作成しておくことで、将来の相続トラブルを防ぐことができます。特に公正証書遺言は、公証人の関与により法的効力が高く、内容の確実な実現が期待できます。
遺言書には以下のような内容を記載することができます:
- 配偶者に自宅を相続させる
- 特定の財産を特定の相続人に相続させる
- 相続人以外の方への遺贈
- 遺言執行者の指定
遺言書は相続開始後の財産分配を指定するものであり、認知症になった後の財産管理を指定するものではないため、上記の成年後見制度や家族信託などと組み合わせて活用することが望ましいでしょう。
認知症の段階に応じた対応策
認知症は進行性の疾患であり、段階によって適切な対応が異なります。以下に段階別の対応策をまとめます。
認知症の兆候が見られ始めた段階
- 医療機関での診断・相談
- 任意後見契約の締結検討
- 家族信託の設定検討
- 公正証書遺言の作成
- 財産目録の作成と情報共有
軽度の認知症と診断された段階
- 日常的な金銭管理のサポート開始
- 見守りサービスの利用検討
- 地域包括支援センターへの相談
- 任意後見契約の締結(未締結の場合)
- 金融機関での手続き(代理人カード設定等)
中等度〜重度の認知症になった段階
- 成年後見制度の利用申立て
- 任意後見契約の発効手続き(契約済みの場合)
- 介護サービスの導入・拡充
- 財産管理の本格的移行
認知症の進行は個人差があり、早期の対応が難しいケースもあります。判断能力があるうちに、できるだけ早く対策を講じることが重要です。
実際のケーススタディ
ケース1:任意後見制度を活用したAさんご夫妻
Aさん(72歳)とその妻(70歳)は、将来の認知症に備えて互いに任意後見人に指定する契約を公正証書で締結しました。さらに、二人とも認知症になった場合に備えて、長男を代替の任意後見人として指定しました。3年後、Aさんが認知症と診断され、家庭裁判所に申立てを行い、任意後見監督人が選任されました。妻は任意後見人としてAさんの財産管理を行い、介護サービスの契約や医療費の支払いなどをスムーズに進めることができました。
ケース2:家族信託を活用したBさんご夫妻
Bさん(75歳)は自宅と賃貸アパート2棟を所有していましたが、将来の認知症に備えて家族信託を設定しました。委託者をBさん、受託者を妻(73歳)、受益者をBさん本人としました。3年後、Bさんが認知症を発症しましたが、妻は受託者として賃貸アパートの管理や自宅のリフォーム契約を滞りなく行うことができました。さらに、Bさんの介護が必要になった際には、賃貸収入を活用して質の高い介護サービスを利用することができました。
専門家へ相談する際のポイント
認知症に備えた財産管理対策は、専門的な知識を要する分野です。以下のような専門家に相談することで、適切なアドバイスを受けることができます。
- 司法書士:成年後見制度の申立て、任意後見契約の作成、家族信託の設計
- 行政書士:遺言書の作成、任意後見契約書の作成
- 弁護士:複雑な財産管理や相続問題、法的紛争の解決
- 税理士:相続税対策、財産管理の税務相談
- 社会福祉士:介護サービスの調整、生活支援
専門家に相談する際は、以下の点を明確にしておくと効率的です:
- 現在の財産状況(不動産、預貯金、有価証券など)
- 家族構成と協力体制
- 認知症の有無・程度
- 今後の生活設計や希望
特に、認知症の早期段階や兆候が見られ始めた時点での相談が効果的です。判断能力が低下する前に対策を講じることで、選択肢が広がります。
まとめ
認知症時代における夫婦の財産管理は、法律的な枠組みを理解し、事前に適切な対策を講じることが重要です。特に以下のポイントを押さえておきましょう:
- 早期対応:認知症の兆候が見られたら、早めに専門家に相談する
- 情報共有:夫婦間で財産情報を共有し、定期的に更新する
- 複合的対策:任意後見契約、家族信託、遺言書など複数の対策を組み合わせる
- 専門家の活用:司法書士や行政書士などの専門家のアドバイスを受ける
認知症は誰にでも起こりうる可能性がある病気です。「もしも」の時に慌てないよう、元気なうちから準備を進めておくことが、ご自身とご家族を守ることにつながります。当事務所では、認知症に関連する財産管理のご相談を承っておりますので、お気軽にご相談ください。
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